
大杉栄、伊藤野枝訳
科学の不思議
じよらうぐもはそれに従つて、中央に糸を膠付(にかわづ)けにする。そして、既に張つた横糸によつて昇つて行つて、その糸の端を円周(まわり)にくつつける。それがすむと、たつた今引つぱつたその線によつて中央に帰つて来る。其処で又第二の糸を膠着(にかわづけ)させて、直ちにまた円周まで行きついて、第一の糸から少し隔つた処に第二の糸の端をくつつける。さう云ふ風に、中央から円周に、円周からたつた今張つたばかりの糸を伝つては中央へと代り代りにやつて行つて、蜘蛛はお前達が専門家の手で定規とコンパスで描いたのだと云ふだらう程正確な間隔をおいた放射線で、円形の空間をうめてしまふのだ。
『放射線はすんだ。が、蜘蛛にはすべての仕事の中で一番細かい仕事が残つてゐるのだ。そのめい/\の線に糸で区切りをつくらねばならない。それは円く囲んだ線から始まつて、螺旋形の線を描いてまはりながら中心のまはりまで行つて其処で終る。じよらうぐもは、蛛網の一番頂上から出て、糸を巻きほぐしながら一つの放射線から他のへと、絶えず外側の糸との間隔を保ちながら張つて行く。斯うして、先の糸から同じ間隔の処を絶えずまはりながら、蜘蛛は放射線の中心で其の仕事をおしまひにする。網をつくる仕事はそれで済んだのだ。
『だが猶、蜘蛛はもう一つ小さな隠れ家を用意しなければならない。それは、其処からじよらうぐもが自分の蛛網を見透しの出来る処で、昼間の暑さや、夜の冷気を遮る休息所だ。蜘蛛は、葉の密集した小さな束の中に、絹の巣窟(そうくつ)をつくる。小さな漏斗形の精巧な織物だ。それは蜘蛛のふだんの住居だ。もし、天気が上等で、沢山の獲物がかゝりさうだと、殊に朝と晩は、じよらうぐもは、其の巣窟を出て蛛網の真中に、ぢつと其の体を置く。そして、一層近くで見張りをし、かゝつた獲物が逃げない前に、十分速く走つて行く。蜘蛛が網の真中にゐる時には其の八本の肢を十分に張り拡げてゐる。そして少しも動かないで死んだふりをしてゐる。狩人でなくても、見張りにはそんな辛抱が要るのだ。吾々も其のお手本に傚(なら)つて、次ぎの勝負を待たう。』
子供達は失望しました。丁度其の時お話が大変面白くなつて来た処で、叔父さんはその話の腰を折つたのです。
『じよらうぐもの話は僕には大変面白いのですよ叔父さん』とジユウルが云ひました。『流れの上に架ける橋も、蛛網の規則正しい放射線も、その糸が螺旋形にまはりながら間隔をとつて中心まで続いてゆくのも、それから隠れたり休んだりする為めの室も、みんな本当に驚く事ばかりです。活きものはそんなえらい事を教はらずに知つてゐるんですねえ。そして、その獲物をつかまへる時には、まだもつと珍らしい事があるでせうね。』
『さうだ、大変に面白い事があるよ。だから、叔父さんはお前達に、それを話して聞かす事よりは、その本当の事を見せる方を択んだのだ。昨日田圃を通る時に私はじよらうぐもが、あのきれいな川鰕(かわえび)のとれる小さい流れの上の二本の木の間に蛛網を掛けてゐるのを見たのだ。明日の朝は、皆んなで早起きをして其処に行つて猟を見よう。』
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